【作品】 夢売り

 

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「お求めの夢でございます」

黒衣<チャドル>を纏った女が、ささげもつ銀盆を絨毯におろし、覆いを払う。
すると薄暗い室内に涼しい光のゆらぎが生じた。

現れたのは蒼硝子と銀でつくられたランプだった。
持ち手の吊り輪に三日月がつき、蒼硝子にも月と夜空の星々が象られている。

内に火を入れれば橙や赤みがかってしまうものだが、何を光源としているのか、
このランプの光は熱の気配もなく蒼かった。

見入りながら、シャーロワは静かに言った。

「いくたびか夢を購ったが、これははじめて見る」

手と双眸のほか、夢売りの女は黒衣に覆われていたが、見つめくる瞳は幽光を弾いてこれも蒼い。
ジンの血をひいているという噂だった。

「極上の夢でございます」 ためいきをつくように彼女は語った。「その身に毒を集め、
されどましろく清らかな花の祈り歌より織りなした夢、どうぞごらんくださいませ」

女がふれて、一言何か語り掛けると、ランプから小さな光が無数にあふれた。
部屋は、つめたい銀河の流れる無窮の夜空となった。
明滅する光のなかで夢売りシウォークは語った。

「これは痛みの光。
人が胸にしまった苦痛は、時をへて、岩が裂け、川底をまろみゆき、
千々に砕けゆくがごとく変容し、やがてこのように空へ、そのさきへものぼるのでございます」

いたいのいたいのとんでゆけ、と子供だましに、夢売りは囁き笑う。

「優しい声だ。シウォークは良い母になる」 王は唇だけ笑んだ。 「わたしがほしいのは痛みをやわらげるものではなく、たんに寝苦しい夜の慰みにすぎぬが」

「あなたさまは痛み、倦み疲れていらっしゃるように見えます」

銀砂の空はかがやきわたり、王はそこに身を浸して少し黙った。
なにごとか口にしようと、唇が閉じ開きしたが、やがて目を伏せ、ランプの吊り輪を指にからめ、
代価として昼空の色の土耳古石や月光色の金剛石、夜空の色の青玉や紫水晶を
銀盆に載せ、立ち上がっていとまをつげた。

その宝石のどれもが、この夢にくらべれば色あせて見えた。

つきしたがってきた白人奴隷兵<マムルーク>にランプを預け、布で顔半分を覆うと、騎乗して王宮へ向かう。
陽光のもとではランプはかがやかず、さして美しくも見えなかった。


横切った市場では王を讃える声と忌む声が相半ばしていた。

高揚した兵士たちがつねに陣頭に立つ王を誇って叫び、
捕虜となって遠地へと売られる男が妻子の名を叫んで王を呪い、鞭うたれて呻く。

シャーロワなくしてロシャーンなし、と歌う詩人あれば、
ひ弱な顔をして血も涙もない毒蛇めが、と茶屋で水煙草<シーシャ>を吸いながら囁き交わす忍びの貴人の姿もあった。

シャーロワは通りすぎ、ひそやかに秘密の通路から王宮へと戻った。



その夜シャーロワは夢をみた。



「王子は剣を嫌うのか」

彼はいつもまっすぐだった。
人の心のうちにまっすぐ踏み込むかわりに、己の心を閉ざさない。
果断に過ぎて逸るときこそあれ、多くの者が彼を慕い、信頼した。

「嫌いではない、だが、好みはしない」

「狩りもか」

シャーロワは答えかけ、そして、はっとした。

「パリュース」

射るような瞳がシャーロワを見つめていた。
旧友はシャーロワの肩に親しげに手を置き、語った。

「王が倒れたとき、俺はすぐさま準備した。お前を廃し、俺が王になる。
お前には重荷でしかないそいつを、俺がぜんぶ背負ってやる。
そして、奥庭で好きなだけカマンチェを奏でさせてやる。
お前を傀儡にしようとする輩も、攻めてくる敵兵も、ぜんぶ俺が殺してやる。
お前を悪く言う者の舌はすべて切り取ってやる」

シャーロワは震えだした。

皮手袋ごしの剣の感触が右手によみがえった。

この世の者ならぬ力で、とっさに身を庇ったパリュースの左腕ごと肩と胸部を切り裂いたときの肉と骨の手ごたえ。

その一撃がすでに致命傷だった。

失血と苦痛に顔を歪めながら、なおも躊躇いを載せて斬りかかるパリュースを、
骨の切断と血でなまくらになった曲刀の重量だけで殴打するように薙ぎ払い、馬上から落とした。

兵は歓呼した。



見れば瀕死の友は絨毯を砂と血で汚してよこたわり、褪めた唇を動かした。

「アッラーの加護あれ」

「パリュース!」

自らの無声の絶叫でシャーロワは目覚めた。
心臓はなく、胸は静かだったが、総身が痺れて冷えていた。

どこかで奇妙な羽音がした。





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出演キャラクター:シャール


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リュビ
 【作品】 番外 リュビの部屋
シャール
 【作品】 夢売りhere.gif
コニャック
 「コニャックダイヤ」(コーデのみ)
 「幻想断片:望み」
アノニム
 「匿名者」(コーデのみ)
その他

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お話の種

サフィール・デュ・シャール(王のサファイア、愛称シャール)

ヴァイオレットサファイア。
無慈悲な理知と隠された慈悲をつかさどる。
広大な領域を支配したイスラム王朝の君主が所有し、剣の柄に嵌めていた。
心臓をもたぬ王と恐れられたが、キリスト教国の公女を娶った際、
公女の帯びきた石と不思議な呼応をし、石と王とともに変化しゆき、
やがては仁慈の石と王となったという伝説がある。
霊廟から人知れず抜け出、王の姿をとり、怪異を噂されていたところに、
パパラーシャ・ド・ノートルダムの迎えを得る。


作者:ロワゾー ニコット諸島:1104605島(ご感想は元ブログへ)
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  • 最終更新:2016-07-13 02:53:58

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